本書は、『指輪物語』を12回以上読んだという熱烈な指輪ファンであり、クリスチャンである著者が、『指輪物語』の背後にある聖書の思想について取り上げたのもです。本書のカバーには「『聖書』のエピソードを知ることで、物語はいっそう輝きを増し、私たちの胸にせまってきます」とありますが、そのような意味ではまさに相応しいガイドブックであるといえるでしょう。
ただし『指輪物語』を読まずに本書をいきなり読んではいけません。『指輪物語』のストーリーやキャラクターを知らなければ、本書の展開についていけないでしょう。『聖書』も『指輪物語』も、まずそのものを読むことが大切です。
太宰治や芥川龍之介も聖書を読み込んでいたらしい。彼らが所有していたという聖書も、実際目にした事がある。(ただし、太宰は旧約のみらしいが)確かに海外の文学に触れる時も、聖書の知識が無いと分らない感覚は多い。懺悔、罪、許し、謙遜、約束、回心・・・(改心、では無い。)等々。
私自身は違うが、母親がクリスチャンで、幼い頃から聖書の言葉に触れる機会が多かったため、この本に書かれている内容はすんなりと入っていった。だが聖書にあまり触れる機会の無い方が、冒険ファンタジーの指輪物語を違う視点で読み解きたい、と思うなら、この本は少し期待とは違う内容かも知れない。決して面白さを解明する内容では無く、聖書の言葉によって指輪物語を解説するものなので、エンターテイメントを求める人にとっては、やや退屈で堅苦しい内容かも知れないからだ。
しかし、トールキン自身、カトリック教徒であり、彼が何故、指輪物語のような世界を構築できたのか?との答えに、「努力や才能です」とは答えず、「(神からの)賜物です」とあるように、彼が神の存在を強く意識していたのは明確で、トールキンという作家と作品世界に流れる精神が、聖書にあるというのは、決して的外れな見解では無いと個人的には思える。実際、機会があれば、聖書を読んでみる事をおすすめする。その時は著者と同じように「指輪物語と似てる」(実際は指輪物語が聖書に似ているのだが)と思われるのでは無いか。私自身、そうだったように。